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2016. 09. 03  
 鍼灸医学は病因・病臓が判断でき、病位・病性・病態と変動経が把握できれば
経絡を運用した治療が可能である。
そのためには的確な病症解析と診断が第一に重要なことであるのは言うまでもない。
そして幅広い治療を可能にするためには
診断は一つの方法に拘わらず病症解析と四診を総合して多面的に病を拘えるべきであり、
病は立体的にイメージすることが先決である。
何故ならば、病の体表での反応は多層的であり
単一の反応を表現している事は非常に少ないからである。
逆説的にいうならば、一つの方法に拘ることは自ら治療の有効範囲を狭めることになる。

 その多層的に体表に表現される生理的病理的反応には
1.病因に応ずる反応
2.季節循環、特質に応ずる反応(注―病因の六気〈風・熱・暑・湿・燥・寒〉と
  気候の五運〈春・夏・長夏・秋・冬〉の関連として言えば、まさに運気の反応としてとらえることもできる)
3.病臓に直接的に反応しているもの
4.体質やライフスタイルに対応した反応
5.病位を示している反応
6.痰飲や瘀血などの病理的生理的産生物に対応した反応
7.病態に対応している反応
8.剛柔・長生に関連する反応
9.子午・運気に応じる穴の開闔を表現している反応
10.経脈の走行部位(支配領域)における皮部・経筋などの変動に関連した反応

などが存在している。
日々臨床の場においては、それらが複合に絡み合って反応を現している。
それらを正確に把握するためには、人身の全面と病候の全体を立体的に観察することが必要である。
体成分としては〈衛・気・栄・血〉を主とし
部位論的には〈前・後〉〈腹・背〉〈左・右〉〈頭・体幹・四肢〉〈上・中・下〉
機能的には〈皮毛腠理・血脈・肌肉・骨〉
〈関節・筋膜・腱・軟骨・腱板・関節包・骨膜・骨髄などの機能組織学な側面〉などを
〈解析・推理・演繹・対比・総合などを行って〉論理的に医学的に加工することができなければ
診断は成立しないことになる。
特に人身の生理的なものは、シンボル的に
一群の生理的病理的現象や機能を五行論的な集合として考察するという漢法医学の際立った特徴を考慮し
また経脈にも陰陽五行論的に所属させている点を考慮すれば
病証の把握を、五行・五臓に集約することは、臨床の必要にもなっており有用なものとなっている。

                                        八木素萌先生の資料より
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2016. 06. 17  
八木素萌先生のご命日も近いので
ご講演記録をアップいたします。
今読んでも新鮮で、まだまだ課題が
山積みです。。。



はじめに

時邪について「旺・相・死・囚・休」の関係があって、やや複雑になること。
時邪についてもう少し話したいと考えたのは
4月29日(H11)に東鍼校の同窓会で『生活習慣病と鍼灸治療』について講演したときに
時邪の問題を避けて通れないことを改めて認識したためです。

生活習慣病は現代医学的にはいろいろ病名があるが
現代病名的な病名が発病する前の段階、症状が具現する前の段階が非常に長く
患者本人にとってはいつから病気になったか分からないのです。
自覚が出た時には手遅れか、治療が難しい段階になっている。
発病に至る経過が全く自覚がない、発病してもかなりひどくならないと分からない
そういう発病の仕方・パターンは漢法医学の理論で言うとまさに臓病、虚病なのです。
発病に至る経過で何が問題かというと
人間が病気になるときの基本的な仕組みを漢法医学はどう考えているかという点です。

漢法医学の健康観は太っていれば太っているなりに
痩せていれば痩せているなりに、若ければ若いなりに
年を取っていれば年をとっているなりに
気血・陰陽・経絡のバランスが良いのが健康な状態(平)と考えています。
問題は平の状態を乱すものは何かです。平の状態が乱されるのが病の取っ掛かりです。
生活習慣病的な素因を持っている人
あるいは臓病の人にとって、季節の変化に身体は敏感に影響されるのですが
普通の健康な人にはあまり影響しません。
健康な普通の人にとって季節の変化はなんでもないのに
生活習慣病の素因を持っている人には辛い。
行ってみれば現代医学の疾病概念で言う日和見感染なのです。こ
の点がはっきり認識されないと
生活習慣病とひとまとめで言われている様々な疾患に対する予防的な治療・対策
あるいは既に発病している場合
それ以上進行しないようにするための治療的な対処という方法論は出てこない。
普通の元気な人にとって春が来たな
もう夏になったなというだけの話が
素因を持っている人にとっては春になってどこか調子が悪い
鼻詰まりになるアレルギー的に敏感になったと言った症状が出る。
これが素因を持っている人と持っていない人との違いです。
すなわち季節の変化、そこから漢法医学の病因論に立ち至って考える必要があります。
空気・水の色・海の色・食物…その季節に特徴的なありとあらゆることを総合したものを一口で表現すると『季節の気』と表現するしかありません。
季節の気が人間の身体にとって病因になる側面を考えてみます。
春は風・温というのが春の季節の気の発生の季節であると同時に風であり、温である。
夏の気は火、長夏の気は湿…。
これが漢法医学における病因です(六因論)。
まさに季節の気が病因になるのです。
(注)長夏を前半と後半に区分する認識は、明代後半から清代にかけて基本的に成立しています。
後半は普通の湿、前半は熱がこもって湿のような感じで出る湿熱。
ちょうど暑い盛りの草むらにいると草いきれがする、あの感じです。
夏は火、長夏を暑としている本が多いが夏の暑さは君火の火
長夏の暑さは相火と認識されています。
そこで春はどこが一番病みやすいか、夏・秋・冬は…が問題となります。

例えば春はアレルギー疾患が多い。
春のアレルギーは漢法医学的には温病の風湿症か風燥症のいずれかです。
温病の治療として一番変動を起こしている臓腑・経絡に取り組むことが大切です。
夏・長夏・秋・冬それぞれに病みやすい臓があるのです。
この点で一番簡単でよく分かるのが『難経』です。
49難では、それぞれの病邪に五臓がみな侵される(六因)が
侵されたときに症状がダブって出る。
 
例えば、風木に侵されることが一番多い。
しかしまた反面、肝にもともとトラブルを持っている人は
筋肉症状・筋膜症状という形で肝の病症が出てくる。
 
①漢法医学の病因論と疾病の発生(病が起こる仕組み)についての考え方
②病が伝変していく仕組についての考え方
③病因と体の病因に対する反応についての考え方

この3つのことに関しての理解が重要!

  ↓なぜなら

現代人の病因に対する考え方は
細菌であり、アレルゲンである。
しかし、まったく違った病因論で
まったく違った治療論を持っているのが『漢法医学』。
           ↓
その季節の空の色、風のにおい、風の方向、気温、飲食などなど
それぞれの季節に特徴的に循環がある。
季節の特徴的な問題を一口で言うとすれば「春の気」「秋の気」といった言い方になる。
その「季節の気」に人間が感応している。
感応する時に、問題のない人は病気にならないで
むしろ体にとっては養いになる。
しかし問題を抱えている人には「季節の気」は病因として作用する。

           ↓

ここで問題になるのは『難経』の積聚論における
「季節の旺気している臓は邪を受けないから病むことはなくて
届けられた邪を拒むから、その返された所が積聚をひきおこす」
という理論が病気の発生の形と違うのではないかということ。
(伝病論で解決:素・霊・難)病がどのように伝わっていくのか
その法則的なものについての理解がおそらく日本だけで欠落。

           ↓

伝病論:然るべき季節に、その「季節の気」に感応して病みやすい臓がある。
しかし病まない場合には、他の臓に病を移すということを考えなければならない。

~カルテ記述するにあたって~

『素問』の各篇には
そういうことが診察論と成立するように実に詳しく書かれています。
古典の記述と長年の臨床経験および諸家の報告を総合して漢法苞徳塾の触診表が出来ています。
一番簡単な診察法としては八虚診を使いますが
八虚診にも病因の側面と病んでいる臓の側面が平行して出てきます。
肺が病んでいるのかと思ったら実は脾だったというように両方出てきます。
臍傍診ももっとはっきり出てきます。

病因の五行は、例えば病因が金なら肺の症状として出る。
病因が土なら脾胃の症状として出ます。
病因の五行とは、人間の身体の五行を症状的に表に出すことによって
これが病因と分からせる仕組みです。

病んでいる臓の五行と病因の五行が
イコールなら症状はひとつしか出ないが多くに場合
二つないし三つの反応が出る。
苞徳塾の診察チェック表で五行的に
チェックすると2~3種類ときに5つ全部出てしまうこともあります。
その時(100%とは言い切れませんが)一番チェックされる項目が
重なっている五行がたいてい病んでいる臓で
その次に多いのが病因であることが多いのです。
チェック表を使い出して5年ぐらい経ちますがそんな傾向を感じます。

それさえ承知していれば
脈を診なくとも、色・八虚診・運動診だけでも病因と病臓は認識できるのです。

 『難経・74難』に「肝心脾肺腎は春夏秋冬に繋るとは何ぞや。
然り五臓一つ病めば輒(タチマ)ち五ある也。四時に数有りて春夏秋冬に並び繋る者也」と記しています。(注:古典では法則的なものを表現するときに数という文字を使うことが多い)。

 74難は、一つの臓には五つの病邪のどれにもかかり得ること
それはかならず春夏秋冬の季節の変化と関係が深いことを強調する記述です。
だから季節の気に応じて
先に触れた日和見感染的に作用を受けるのは素因を持っている人
あるいはもともと弱いところを持っている人です。

 このように考えると、治療上の大原則が浮かび上がってきます。
季節季節にその季節の意味を持った臓腑・経絡が表に出ています。
病邪も表に出ていればその季節季節に旺気するものが
平行して表に出るというのがツボの意味です。
邪気と正気が一緒にそこにいることを示す作用がツボの意味です。

 普通ツボはツボ、邪気は邪気と区分して受け取りやすいが
『難経』には74難を中心に
「春夏秋冬にそれぞれ特徴的な人間の身体の気が在る処がある。またそれは特徴的に病邪の出る処である」という記述があり
それと同じことが『素問』『霊枢』それぞれ数篇ずつあります。
例えば『霊枢・本輸篇』の「凡そ刺の道……此れ四時の序、気の処る所、病の舎(ヨ)る所、臓の宜しき所……」。
季節季節にはそれぞれの処に外の気もあれば人間の気もそこに出ている。
正気が十分にあれば、外の気もそこに留まれないので病気にならない。
正気が足らないから、人間の気もそこにあるのだが
外の気も一番強い時期なのでそこに来る。
というのが体表の意味であり
経絡・ツボの意味であるという思想がしばしば書かれています。

 すなわち季節には、例えば皮毛腠理とか骨脈肌肉といった組織論的に表現すると
皮毛腠理に人間の気があるときは外の気も等質のものが体に影響しやすい。
組織論的にも経絡論としてもそうだし
ツボとしてもそうだというところが大事な所です。

 従って、逆にいえば邪気が弱くて人間の体が強ければ補法でよいが
人間の体が余り強くないときは邪気がたいして強くなくても
先にこれを除かなければ治らないのです。

 大部分の人は、鍼灸治療は補が先だと考えています。
しかし古典を読むと瀉が基本なのです。(瀉の方法にはいろいろあることは別問題です)。
だから補瀉論に触れるときは必ず『霊枢・根結篇』の補瀉選択論をいうのです。
同篇には病邪が非常に弱くて体の方が強いというときだけ補法。
他は体が非常に弱いとき、病邪が強い時は先ず必ず瀉せとしか書いてありません。

 そこで先述の季節の気と人間の体と病邪との相関関係で
しかも病邪を除くということの意味は
季節の気が悪い方向に体が影響しているものを除くという意味です。

 季節の気が病因として作用している
悪い方向に体が影響している、それを除くことが病邪を除くということです。
このため季節の気に対応した取穴配穴原理をきちんと理解していることが非常に大切なのです。

 取穴原理には二つあります。
一つは『霊枢・官鍼篇』にある「病五臓に在りて固居する者は、取るに鋒鍼を以てし井滎分輸に瀉す。取るに四時を以てす」。
臓と病因の関係が100%確信が持てたとき、三稜鍼で瀉血するのです。

 これは診断が非常に大事です。例えば同じカゼをひいても
肝経の反応が一番強い、肝の症状もいろいろあるときは
肺経を取穴するよりも肝経の金穴を瀉した方が効くというのが『
霊枢・官鍼篇』の内容です。
三稜鍼でやる勇気のない人は少し太めの鍼でパッパッと速刺速抜するのです。

 原理のもう一つが運気盤(運気表)の活用です。

                          (未完)


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2015. 06. 04  
八木素萌先生

汎用太鍼の完成は八木素萌先生の歴史
昭和31年、恵比寿にて薬店開業。
同時に大塚敬節の『漢方医学』(創元医学新書・初版 昭和31年7月)に感銘を受けて
漢方医学を学び始める。
昭和36年、神奈川小太郎会主催の研究会に参加。
石原明先生、清水藤太郎先生に師事する。
昭和38年に石原明先生の推薦で日本東洋医学会に入会。
昭和40年、神奈川小太郎会学術部長・理事・幹事となる。
一方「温病学」があることと、その重要性を知り、研究を始める。
昭和51年『難経研究会』を始める。
18年間に500余回の通読、通釈書30余種類の通読と重要通釈書の比較対照の研究をする。
昭和53年頃から、夢分流打鍼をもちいる時に、鍼先が体に接触するに過ぎない段階で
体がかなり大きく変化することに気が付いた。
小野文恵先生の小野流円テイ鍼や、打鍼を接触鍼として治療に運用することを試してみるようになり
頻度も少しずつ増え始めていた。刺入鍼、長柄鍼による接触鍼の治療が多かった。
昭和57年2月、塾始まる。『実践難塾』と称するようになる。
3年後6月、塾名改定議論があり『漢法苞徳塾』となる。
昭和61年、煮鍼・燔鍼の復活を唱える。
昭和62年、「気の感知出来る手指の開発訓練法」をまとめあげる。工
夫とまとめるのに8年を要した。このころから六部定位脈診の大幅な改善を意識。
昭和63年の夏季合宿時に『塾の趣意5大項目』が発表された。
平成元年、新しい配穴体系の提唱。
「直接瀉法」と「間接瀉法」の区分性の必要とその配穴および手技について論じる。
平成6年、夏季合宿にて「汎用太金鍼」について発表。
昭和53年ころから太い金鍼を臨床において試みにもちいているようになっているので
鍼の形態と鍼法手技にいたる基本的に出来上がるには16年を要している。
平成19年、6月28日永眠される。
プロフィール

関西漢法苞徳之会

Author:関西漢法苞徳之会
『素問』『霊枢』『難経』に基づき、『傷寒論』『温病学』『現代中医学』をも学び
また日本の漢法鍼灸医学を継承した
<基礎の確かな>
<医の心のシッカリした>
鍼灸臨床家を目指した研修を図るものである。

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