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2014. 12. 10  
第22回日本鍼灸史学会学術大会
2014年11月15日(土)16日(日)京都市国際交流会館 特別会議室  当日のプログラム


             『素問』における「火」の概念について
                    京都 中 雅哉
【諸言】
医学理論体系としての陰陽五行論が築き上げられている『黄帝内経』であるが、五行の使われ方に変化がみられる。今回は五行の属性の一つである「火」について、『素問』のなかでどのように使用されているかを検討したので報告する。

【方法】
『黄帝内経素問』本文にある「火」の文字を全て検索し、使用された条文中の用法、他の篇での引用について検討した。

【結果】
結果「火」の文字は、『黄帝内経素問』本文中25篇にみられ、文字数は188字であった。一番多い篇は六元正紀大論篇第七十一の67字で二番目に多いのが至眞要大論篇第七十四の24字であった。運気七篇だけを見ると、七篇すべてに「火」の使用が見られ、143字であった。運気七篇以外の篇では、陰陽応象大論篇第五が一番多く11字の使用が確認された。「火」の使用が多く見られた運気七編であるが、他の篇との関係性をみると、陰陽応象大論篇第五、玉機真蔵論第十九、金匱真言論第四との関係性がみられた。

『素問』文中の「火」についての用法を分類すると次のようになる。

①五行の属性としての「火」…34例

②陽の性質をもつものとしての「火」…14例(肝と心の陽気としての「両火」…1例、肝と心の陽気としての「二火」1例を含む)

③熱としての「火」…6例

④物体が燃焼する様の「火」…15例

⑤火灸の「火」…1例

⑥湯火の「火」…2例

⑦日月の明かりとしての「光火」…1例

⑧六気(寒暑燥湿風火)の「火」…50例

⑨五運の「火」…35例

⑩君火・相火(畏火)の「火」…25例(君火相火としての「二火」…2例、君火相火としての「大火」…1例を含む)

⑪三焦の「火」…1例

⑫心の「火」…2例

⑬陽明胃を表す「二火」…1例

⑭五火(両火)としての「火」※『一水不勝五火』太素では「両火」…1例


【考察】
今回運気七篇を含む、素問の文章を調査したわけだが、明らかに多くの使用例が、運気七篇に見られた。分類では、あえて五行としての「火」を六気としてや、五運として使用されているものと分けてカウントしたが、君火・相火の「火」とのカウントを合わせると110例となり半分以上を占めることになる。運気七篇以外の使用例であるが、五行的使用を除けば、おもに分類②の陽気、③の熱、④の物体が燃焼している様を表す「火」での使用例が多く見られた。分類④で特徴的なのは、『陽盛則夢大火燔灼』『逢風寒如炙如火者』などのような、物質が燃焼している様を表す「火」を病の症状と対応させた使用例が運気七篇では見られないことである。全体では「火」を外因としている部分が運気七篇以外では見られなかった。
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2014. 12. 10  
第22回日本鍼灸史学会学術大会
2014年11月15日(土)16日(日)京都市国際交流会館 特別会議室 当日のプログラム


       『黄帝内経』における季節に関連する篇について
               兵庫 利川鉄漢

諸言
『黄帝内経』において、五臓の生理機能から病症、治法、養生などは、季節の循環と関連して述べられている。にもかかわらず現在の診断から治療において、どこまでそれらが関連し生かされているかは、いささか疑問に思われることも多い。そこで『黄帝内経』から季節に関連した篇を挙げ、今後の診察や治療に生かしてみたいと思う。

方法
『重広補注黄帝内経素問』『新刊黄帝内経霊枢』(ともに日本内経医学会影印)を使用し
季節用語である「春」「夏」「仲夏」「長夏」「秋」「冬」「四時」などが含まれている篇を挙げ
それぞれの割合と内容を検討する。

結果
『素問』では、運気七篇を含めて、79篇中44篇に上記の季節用語が見られ、うち「春」「夏」「秋」「冬」が見られる篇は35篇、「四時」が見られる篇が27篇、両方含まれている篇が16篇ある。また六月を指す「長夏」が見られる篇が8篇あり、そのうち金匱真言論篇第四では五月を指す「仲夏」と「長夏」の両方が含まれ五季となっている。遺篇とされる本病論篇第七十三には「春」「夏」「秋」「冬」と「四時」の両方が記述されている。
『霊枢』では、81篇中31篇に季節用語が見られ、うち「春」「夏」「秋」「冬」が見られる篇は25篇、「四時」が見られる篇は20篇、両方含まれている篇が13篇ある。また六月を指す「長夏」と「季夏」が見られる篇が全部で4篇ある。季節の総称について五閲五使篇第三十七では「五時」、五禁第六十一では「四季」、順気一日分四時第四十四では「四時」と「五時」の両方が見られる。また、六月について本神第八と五音五味第六十五は「季夏」、順気一日分四時第四十四と論勇第五十では「長夏」と表現記述されている。

考察と結論
『素問』と『霊枢』においては、それぞれの全体のおよそ2分の1の篇に、季節に関わる内容が記述されており、当時の人たちの自然観察力には、頭が下がる思いがする。また順気一日分四時第四十四のように「四時」と「五時」の両方が記術されている篇で、前半部分が「四時」に、後半部分が「五時」となっているのは興味深いところである。
なお「長夏」と「季夏」と記述されている篇のちがいや『難経』七十四難における「季夏刺兪」との関連も、今後の課題として残るところである。
2014. 12. 10  
当日のプログラム

       運気論と病症の一考察
           大阪 利川鉄漢
【緒言】
運気とは五運六気の略で、自然界の天候や気候の変化、それに人体と発病、治療法や予防などの関係を研究する学説である。運気論に関する初期の文献は、七六二年に王冰が『素問』を再編・注釈する際、すでに欠けていた巻を他の書から補入した運気七篇の天元紀大論、五常政大論、五運行大論、六微旨大論、至真要大論、六元正紀大論、気交変大論である。その主たる内容は、五行の五運(春・夏・夏土用・秋・冬)と三陰三陽である六気(風・熱・暑・湿・燥・寒)を用い、主運・主気という各季節による正常な気候と、客運・客気の毎年変化する気候の組み合わせによって現れる気象状態・病症・治療法(主に湯液処方)が詳細に解説するというものである。運気論ではとりわけ六気による気候の変動が重要である。五運による天干(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)の組み合わせによる五運化で、各年の大過不及と客運が導き出される。これにより大まかな年毎の特徴と季節の到来が早いか遅いかを推測できる。六気では、地支(子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)による正化、対化の組み合わせの変化で、各時季の変動する気候が客気によって導き出される。さらに運気の主客を陰陽五行論により割り出され、五運と十二支の組み合わせが六十となり、ここに六十年周期の運気が導き出される。
その運気論を病因病機による運用として、『素問』や『霊枢』などでは九宮八風論で論理が展開されている箇所がある。また金元時代においては、難経の四十九難・五十難の五邪論で論理の展開がされている医書が多数見かけられる。

〈九宮八風の運気論*1〉
九宮八風は、宇宙天体を平面の大地を上から見るアングル(古い蓋天説)に基づき、「土」を中心とした五行論により展開し、北斗星(北極星)と北斗七星の斗柄が示す八方向から、四季の節気の推移と、八方向から吹く風により生じる気候の変化と人身に対する影響を推測する。なお 季節の特徴を「風」という言葉で表し、寒熱燥湿という表現は見られない。この「風」は、正風(実風)と虚風に分けられ、虚風に中れば症状は悪化するという。
また「六元正紀大論 第七十一」の後半部分では五運のめぐりによって、六気が九宮に災いをもたらすことが予測についても記述されている。*2


*1:最近の研究では、山田慶児の論(「九宮八風説と「風」の病因論」、『中国医学の起源』第六章、283~323頁、岩波書店、1999年)をはじめ、『霊枢』九宮八風に見える正風(季節にふさわしい方角から吹く風)と虚風(正風の逆の方角から吹く風で季節にふさわしくない風)の病因論などの気象医学を、運気論の初期的な理論として捉える石田秀美の論は大変興味深い(「気象医学と九宮八風説」、『中国医学思想史』143~145頁、東京大学出版社1992年)。これらは運気七篇の「六元正紀大論」の後半の部分や『霊枢』「九宮八風篇 第七十七」「歳露篇 第七十九」に詳細が記述されている。(中国医学思想史、石田秀美、東京大学出版社、1992年)これらは、運気七篇中の六元正紀大論後半や『霊枢』九宮八風、歳露篇に詳細に記されている。

*2「五運氣行主歳之紀.其有常數乎.岐伯曰.臣請次之.甲子.甲午歳.上少陰火.中太宮土運.下陽明金.熱化二.雨化五.燥化四.所謂正化日也.其化上鹹寒.中苦熱.下酸熱.所謂藥食宜也.乙丑.乙未歳.上太陰土.中少商金運.下太陽水.熱化寒化勝復同.所謂邪氣化日也.災七宮.濕化五.清化四.寒化六.所謂正化日也.其化上苦熱.中酸和.下甘熱.所謂藥食宜也.…」


〈難経四十九難・五十難の五邪論による運気論〉
難経では、五気を病邪として五邪(風・熱・飲食労倦・寒・湿)とし、「土」を五行のサイクルに入れての、五臓と季節の旺気時によって、正経が自ら病む場合と、五邪によって犯されて病む場合とに区別されている。それらは各五邪の伝変と病症をと脈象と五役によって論理が展開されている。これは積聚論とも関係する。


【目的と方法】
以上のように、当初は九宮八風を源流として始まった運気論は、金元時代になると九宮八風ではなく『難経』五十難による論理が展開されるようになった。このことから、原初的な九宮八風を土台として運気論、さらに九宮八風と『難経』五十難の論理を比較検討する。


【結果と考察】
①六元正紀大論の後半は、六気というよりも五運を主として論じられていると見られ、方位(東西南北)と四季と五臓と関連要素が強い。五運による気候の変動をみるうえでは有用と思われる。
②当初は「土」を中心とした五行論による九宮八風と三陰三陽によって展開されてきた運気論の運用は、金元時代になると九宮八風ではなく、「土」を五行のサイクルに組み込んだ『難経』四十九難・五十難をベースにより論が展開されるようになった。
③その嚆矢となるのは、運気七篇中の至真要大論の病機十九条を基本病機として展開した劉完素の『素問玄機原病式』であろう。
④張子和の『儒門事親』の六元正紀大論が多く引用されの、六気の各気数(初・二・三・四・五・終之気)と時気、二十四節気と経気の配当されている。特に李東垣の『医学発明』の五邪相干(『難経』四十九難・五十難と『傷寒論』に拠る)や王好古の『此事難知』では、季節(節気)ごとの病因とそれらの病症に湯液・鍼灸処方を挙げ、季節循環における病機病症解釈の整理をおこなっている箇所が多数記載される。そこには九宮八風論における運気解釈は展開されていない。これには病因論の解釈が金元では整理されてきたことと、六気による気候の変動が運気論では重要であることが深く関係している。具体的には六淫は「風・寒・湿・暑(熱)・燥」とされている。後代には飲食労倦(『難経』)を外感因し、「湿」は「湿熱」と「冷湿」が区分され、「燥」では「温燥」と「涼燥」に区分される。これらは五行に分類配当されている。
 風(木)、寒(水)ただし『難経』では上から身体を犯して主として肺を傷める性質の病邪として把握するので(金)に配当、湿(土)も『難経』では下方から身体を犯して主に腎を傷る邪と把握しているので(水)に配当する。そして「飲食労倦」を「土」に配当し、「温病」論では「長夏の気」と把握するが「湿熱」と「冷湿」に区分している)、暑・熱はともに火に配当されている。
⑤九宮八風と『難経』四十九難・五十難をそれぞれ土台とする運気論は、後の『子午流注鍼経』『鍼経指南』の中枢理論として、運気論とともに夫婦配合に「難経」の剛柔論と五行穴に、流注八法においては九宮八風における五臓の生数(1,2,3,4、5)と成数(6,7,8,9)の太過不及論において八総穴の運用に応用されていくことになる。

【結論】
九宮八風は主に五運を主体とした気候の変化と循環を意味しているのに対し、『難経』五邪論では主に六気を主体とした気候の変化と循環を意味している。運用に際しては、運気論では主運と主気を結びつけて判断するため、主に六気の変化と作用が重要になる。そのため、六気が病因となる六淫と、臓腑と三陰三陽が系統的に結びつけられてきた金元時代の方が、より臨床的といえる。さらに複雑な運気論の解釈を比較的にわかりやすく解釈しているため、現在、運用可能なものとなっているのである。

【使用版本】
①明・顧従徳本『重広補注黄帝内経素問』日本経絡学会1992年
②明・明刊無名氏本『新刊黄帝内経霊枢』日本経絡学会1992年
③『難経集注』(濯纓本)日本内経医学会1997年
④張元素『薬註難経』『難経稀書集成』第一輯所収 オリエント出版社1997年
⑤熊宗立『新刊勿聴子俗解八十一難経』『難経古注集成』オリエント出版社1982年
⑥谷野一栢『新刊勿聴子俗解八十一難経』(天文刊越前本)『難経稀書集成』オリエント出版社 1997年
⑦張子和『儒門事親』『和漢漢籍医書集成』第二輯所収 エンタープライズ社1988年
⑧王好古『此事難知』『和漢漢籍医書集成』第六輯所収 エンタープライズ社1988年
⑨王好古『湯液本草』『和漢漢籍医書集成』第六輯所収 エンタープライズ社1988年
⑩李東垣『医学発明』四庫全書
⑪清・柳宝詒『温熱逢源』人民衛生出版社1984年
2014. 12. 10  
当日のプログラム


          『難経』の謎解きと未病治
             大阪 福井 仁照

問題の所在
日本の鍼灸界において難経ほど重要性が指摘され治療方法論の根拠として引き合いに出されているものは他にありません。しかしながら現状は一貫して『難経』を解釈したものがなく、難解であり臨床的には応用しにくいためか、一部の難を他の難と関連性もなく抜粋し、都合の良い解釈をして臨床に使用している事が多々見受けられます。その要因の1つは、難経の通行本である『難経集注』(慶安本)や滑伯仁の『難経本義』また日本における『難経本義大鈔』『難経鉄鑑』『黄帝八十一難経疏証』などの解釈本が「一難」から「八十一難」までを「脈法論」「臓腑論」「病症論」「鍼法論」と編纂し、ただ脈絡もなく番号順に解説されているためです。そのために全体象が捉え難く辞書的な引用を余儀なくされているからです。

『難経』をどう読み解くか
そこで一難から八十一難の順序で読み解かずに、丁錦の『古本難経闡注』加藤萬卿の『難経古義』唐湘清の『難経今釈』などに見られるように、一部臨床に応じた順序で解読することによって、『傷寒論』が「温熱」や「傷寒」を含めた外感病に対して「病位」「病症」を段階的に分類した湯液処方であると同様に、『難経』も四時の外感病に対して「脈状診」を中心に時邪伝変を段階的に分類した未病治を目指した鍼灸処方であることが読み取れてきます。

四時の外感病と時邪伝変
例えば「七難」では四時と六気の旺脈の関係を示し、「四難」では六気と六臓の脈の関係を表しています(『薬註難経』解釈参考)。また「十三難」では望診と切診(脈状診、尺膚診)の一貫性から四時の変化を述べ、「十五難」では四時の旺脈から病脈、死脈を論じています。さらに「十難」では時邪による伝変と剛柔関係を脈状の「甚」「微」から「臓への伝変」か「腑への伝変」かの判断も示唆しています。更に「五難」において「五体論」と「脈状」の関連性から「菽法脈診」によって「時邪の伝変」がいずれの臓腑経絡を侵しているのかの判断も示しています。
具体的には「病症論」の「四十九難」では「正経自病」と「五邪所傷」の違いを述べ、「心病」を例に「時邪の伝変」と病症の関係を其々五邪の病候として示しているのです。
また「鍼法論」では、現状の解釈とされる「迎随補瀉」とは針尖を流注に従うか逆らう手法(「元」の『鍼灸四書』による。)と考えられていますが、「七十二難」、「七十九難」では「迎随補瀉」とは病蔵に随い病邪に迎かう「母子の補瀉」であることが詳しく説明されています。
さらに現鍼灸治療の基本補瀉配穴の根拠とされている「六十九難」を関連して読み解くことで、四時における「旺気蔵」の病症を「正経自生病 不中他邪也 当自取其経」と示し、旺気時の前半期に最も精気が虚している「休気蔵」(旺気蔵に対して母に当たる)が実邪に侵されることを防ぐ目的で、精気を補すことを「補其母」と示し、また季節の後半期に、旺気蔵の精気が衰退し始める頃に旺気蔵を脅かす相気の「時邪」の邪實を防ぐ目的で「瀉其子」(次の時邪は旺気時の子にあたる。)と解釈できます。
また「七十七難」では旺気時の賊邪伝変を見据えて、相剋の蔵を補うことが、未然に「伝変の病」を防ぐ処置であることを示して、時邪による伝変の重要性を「上工治未病」「中工治已病」と示唆しています。
他に「五十六難」では時邪の伝変が四時によって繰り返し積み重なってゆく「五蔵の積病の発生と成り立ち」を解き、その病蔵と発生メカニズムの根源が「六十九難」の「実邪伝変」にあることを示唆しているのです。


七十五難の謎
そこで今まで解釈が謎とされてきた「七十五難」の処置が単に五蔵の相生相剋の法則でなく病邪、病候から処置を判断して「五蔵の積」からの発病に対して、事前に、「六十九難」の応用として「七十五難」を以て対応する処置であることが読み取れてきます。
この判断は難経の基本原則である五行の相生相剋関係に基づく「当更相平」パターンや「脈状診」の診断ではなく、「五十五難」「五十六難」に於いて陰病である肝之積(肥気)がまさに「春適旺」の状況となり「七十五難」の「欲令金不得平木也」状態に当たります。(『難経本義』では「不字疑衍文」としている)そこで「六十九難」の迎随補瀉の発展型解釈として、肝之積が風邪を受けることで更なる腎水への実邪伝変を防ぎ、次の時邪である火邪によって肝之積が発病することを防ぐ目的で、「木の母である水を補い、子にあたる次の時邪の火を瀉す」ことが陰病(積之病)が更なる時邪によって発病することを防ぐ方法として「七十五難」の未病治の処置を示したのです。

八十一難の謎
この診断と処置は、12000字弱の内、有に6000字強を「脈」に費やして、五行の相生相剋理論から病症の予後や伝変を脈状診を以て解説している『難経』に於いては一貫性を欠くことになるため、あえて「八十一難」に於いて「肝実肺虚」と「肺虚肝実」を例に出し、「非謂寸口脈也 謂病自有虚実也」と結語しているのです。『難経』の全体象としては「五行法則を基盤とした脈診の有用性」を説いておりますが、結語で「補瀉の決定は脈に従うのでは無く、病そのものの虚実に従うべきである。」と記述している謎に至るのです。
他にも「十六難」において「脈診」の「証」が「外症」「内症」「病症」と一致しなければ「脈診」だけで判断してはならない事や「十二難」で「陽絶補陰 陰絶補陽・・・医殺之耳」として安易な補瀉判断を戒めています。

陽病と陰病に対する未病治
つまり陽病である「時邪」による「外感病」とその伝変病症は「脈状診」を主体とした五蔵の相生相剋法則によって判断し対処できるが、陰病である「五蔵之積病」は脈診では誤り易く、例として「肝実肺虚」と「肺虚肝実」を出し、「肝の精気」が、「微少気」であることが「脈状診」では誤りやすく、「実実虚虚 損不足而益有余 此者中工之所害也」と示し「八十一難」で戒めているのです。
陰病の具体的未病治としては「七十五難」において「瀉火補水」を明記していますが、これは汪昴の『医方集解』にも見られるように湯液では「瀉火補水」の処方は、補養之剤(腎)と瀉火の剤(心)の処方であり、「陰虚火動」に対する処置でもあります。病理的には、「陰虚」は「虚火」を生じ「痰・飲・瘀」といった病理産生物を生じます。これを未然に防ぐ意味からも病理的鍼灸処方としての「七十五難」型を表したと考えられます。この法則は陰病である「五蔵之積」全てに於いて「時邪」による発病に対応できます。
つまり「発病時の時邪を瀉して、その旺気蔵の相剋の蔵を補う」と解釈することによって「五十六難」の積の伝変要因の蔵を助けることになり、積の発病を阻止する未病治になるのです。

結論-『難経』の全体像
以上から『難経』の全体象は、四時の外感病を「陽病」として「脈状診」を中心に相生相剋関係から「六十九難」や「七十七難」の母子相剋の要穴補瀉と「六十七難」の募穴で対処し、積病「陰病」に対しては病理病症を主体として診断して「七十五難」の要穴処置「六十七難」の背兪穴で対処させてゆく一貫した未病治の鍼灸療法であることが伺えてくるのです。


補)
内容は当日掲載の前のオリジナル版です。項目分を当日分より加えました。
プロフィール

関西漢法苞徳之会

Author:関西漢法苞徳之会
『素問』『霊枢』『難経』に基づき、『傷寒論』『温病学』『現代中医学』をも学び
また日本の漢法鍼灸医学を継承した
<基礎の確かな>
<医の心のシッカリした>
鍼灸臨床家を目指した研修を図るものである。

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