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2015. 06. 04  
八木素萌先生

汎用太鍼の完成は八木素萌先生の歴史
昭和31年、恵比寿にて薬店開業。
同時に大塚敬節の『漢方医学』(創元医学新書・初版 昭和31年7月)に感銘を受けて
漢方医学を学び始める。
昭和36年、神奈川小太郎会主催の研究会に参加。
石原明先生、清水藤太郎先生に師事する。
昭和38年に石原明先生の推薦で日本東洋医学会に入会。
昭和40年、神奈川小太郎会学術部長・理事・幹事となる。
一方「温病学」があることと、その重要性を知り、研究を始める。
昭和51年『難経研究会』を始める。
18年間に500余回の通読、通釈書30余種類の通読と重要通釈書の比較対照の研究をする。
昭和53年頃から、夢分流打鍼をもちいる時に、鍼先が体に接触するに過ぎない段階で
体がかなり大きく変化することに気が付いた。
小野文恵先生の小野流円テイ鍼や、打鍼を接触鍼として治療に運用することを試してみるようになり
頻度も少しずつ増え始めていた。刺入鍼、長柄鍼による接触鍼の治療が多かった。
昭和57年2月、塾始まる。『実践難塾』と称するようになる。
3年後6月、塾名改定議論があり『漢法苞徳塾』となる。
昭和61年、煮鍼・燔鍼の復活を唱える。
昭和62年、「気の感知出来る手指の開発訓練法」をまとめあげる。工
夫とまとめるのに8年を要した。このころから六部定位脈診の大幅な改善を意識。
昭和63年の夏季合宿時に『塾の趣意5大項目』が発表された。
平成元年、新しい配穴体系の提唱。
「直接瀉法」と「間接瀉法」の区分性の必要とその配穴および手技について論じる。
平成6年、夏季合宿にて「汎用太金鍼」について発表。
昭和53年ころから太い金鍼を臨床において試みにもちいているようになっているので
鍼の形態と鍼法手技にいたる基本的に出来上がるには16年を要している。
平成19年、6月28日永眠される。
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プロフィール

関西漢法苞徳之会

Author:関西漢法苞徳之会
『素問』『霊枢』『難経』に基づき、『傷寒論』『温病学』『現代中医学』をも学び
また日本の漢法鍼灸医学を継承した
<基礎の確かな>
<医の心のシッカリした>
鍼灸臨床家を目指した研修を図るものである。

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